0000000125002著者:マイケル・サンデル
翻訳:鬼澤 忍
出版社:ハヤカワ文庫
発行:2014年11月 









「これからの正義の話をしよう」で一躍日本でも有名になったマイケル・サンデル ハーバード大教授の新著。宗教や哲学の内容が多かった 「これからの正義の話をしよう」に比べると、今回紹介する著書は大分読みやすい内容だったと思う。

それまで道徳的規範により成り立っていた分野に、市場的規範が侵入することによりかえって不具合が生じる事があり、これは義務感や倫理観を損なう結果(善の腐敗)にすら至ることがあると論じている。
 
 ここに面白い例を挙げたいと思う。イスラエルのある幼稚園では、忙しい親が子供の迎えの時間に遅れるという事態がままあったそうである。そこで幼稚園は時間通りに迎えに来てもらうために、時間に遅れた親に罰金を課す事にした。その結果どうなったかと言うと、迎えに遅れる親が減るどころかかえって増えたとのことだ。つまり罰金を料金ととらえて、“遅れてしまっては保育士さんに迷惑がかかる”という後ろめたさ(=道徳的義務感)が薄れて、保育園側の思惑とは逆に子供の迎えに遅れるケースが増えたというのだ。なるほど、料金を払うからにはそれ相応のサービス(時間を延長して子供の面倒を見るという)を受ける権利があると親たちは考えた訳だ。
 これは本来の市場的インセンティブの意味合いと照らし合わせてみると矛盾しているように見える。 ビデオレンタルは延滞料金が掛かってしまうからこそ、期限内に返却しようと努めるであろう。どうやら時間通りに子供を迎えに行くという規範は、市場的規則よりも道徳が優勢に働く領域のようである。

 さて思惑が外れた保育園はその罰金制度を廃止した。迎えに遅れる親が以前と同じ程度まで減るのかと思いきや、ほぼ変化が無かった。一度お金で解決する道を選択した事で、迎えの時間に遅れてはいけないという道徳的義務感が蝕まれる(=非市場的規範が締め出される)と、かつての責任感を回復させるのは難しかったという。それだけ市場関係の腐食作用は強力なのだ。

 このような事例から、著者は現代の複雑な社会において、あらゆる非市場的な状況に市場的価値を持ち込むことに警鐘を鳴らしている。

 もちろん市場的な考え方が物事をいい方向に促進することは沢山ある。しかしその強力な促進力ゆえに、市場を持ち込む領域は、良く考えてコントロールしなくてはならないだろう。